前回の投稿から少し時間が経ってしまいました。
前回の記事はこちら(歩んできた道を失ったヒグマ。そのヒグマが残した足跡の先には・・・(前編))からご覧いただけますが、この一連のお話は、「ヒグマの行動パターンが変わったように思える」ということを実際にあったケースを元に綴っています。

写真をクリックすると「前編」を読むことができます。

変わっていないは間違えだった

連絡をもらった方の畑を中心に、ヒグマを寄せ付けるような要因は無いか見て回った。
めぼしい答えは見つからなかった。
いよいよ目撃情報のあった周辺が原因では無いだろうとほぼ確信する。
「ヒグマの歩く道が変わったのかね」なんて話しも出た。
例年と比べ、極端に増えているというのには、必ず理由があるはず。
もちろん、「ヒグマが自由気ままに街中を闊歩している」という可能性もヒグマから答えを聞いたわけでは無いので、否定しきれない。
対野生動物とは、思いを汲み取ることはできても、それは人間による都合の良い解釈の域を脱しないのかもしれない。
もちろん、研究に研究を重ねている方の場合は、多くのエビデンスが解釈の根拠ともなっており、一定の信頼は置けるだろう。

さて、話を戻します。
「ヒグマの歩く道が変わったのか?」という考えを仮説とします。
これを仮説とした場合、こんなことが皆さんの頭に浮かびませんでしたか?

「どうして歩く道が変わったの?」って。

人間に置き換えてみましょう!
家から近所のスーパーまでの道のりが大きく変わるという場合。

1)途中で寄り道をするから違う道を選択
2)通行止になって止むを得ずに違う道を選択
3)従来より通り易い道が出来たため新たな道を選択

こんな感じでは無いでしょうか?

3つのケースを今回の事例に置き換え、照らし合わせ、仮説を立ていこうと思います。

1)のケース
・寄り道→気になるものがある
・気になるもの→餌となるもの
・餌となるもの→農作物や生ごみにいたずらをした形跡なし
よって、「寄り道だっとしても農作物や生ごみを食べに来たわけではない」ということですね。

2)のケース
きっとこれが原因だと思うのでまず先に3のケースを書きますね。
3)のケース
・ヒグマの特徴→神経質で怖がり
※ヒグマの特徴はこちらをご覧ください
・新たな道で選ぶなら→静かに目的地に移動する道
・静かに移動→そんな道は無い
よって、「好んで出てきたわけではない」とも思えるのです。

では
2)のケースです
・通行止→大規模な木々の伐採(工事)が発覚
・伐採(工事)→金網のようなもので立入制限する箇所あり
・立入制限→迂回路もあるし無理せず移動

1のケースで「餌目的ではない」
3のケースで「好んでの移動ではない」
という2つの仮説から2のケースを見てみると、「ヒグマが人の目に付く場所に出てきたのは開発行為により獣道が封じられたことが影響する」という結論に至ったのです。

山や森、林での大規模の開発行為と言えば、人命や生活を守るための「ダム建設」やクリーンエネルギーとして一時期注目を集めた「太陽光発電所」、宅地造成などなどがああげられるかとは思います。
我々人間も久しく通っていない場所などを通行するときに「えっ!?ココこんなに変わったの?面影ないじゃん!」って思ったこともあるのではないでしょうか?
その「えっ」という域を呑むような驚き。
きっとヒグマのみならず多くの野生動物たちも感じていることでしょう。

豊かな生活。訪れる危険。

私が目の当たりにした事例は氷山の一角でしょう。
また、開発があるからといって、必ずしもこのような事例が発生するとも限りません。

人間は贅沢なもので、現状に慣れてしますと更なる向上を目指します。
その向上心のおかげで、多くの研究が行われ、多くの幸せをもたらしたのも事実。
しかし、頭を悩ませることも生じてしまう恐れもあるのです。
度々、野生動物と人間。
「どちらが優位」ということではありません。
同じ生命です。
美談だけでは語ることができないことも、重々承知しています。

ならば今回のケースはどうするのが良いのだろうか?
ヒグマが好きで人間の生活圏に来るわけではありません。
だけどヒグマが人間の生活圏にやってきたのなら、「怖い」「危ない」「早く駆除してほしい」と思ってしまうのも当然かもしれません。
だって、報道や教育の現場では「ヒグマは怖い」ということを見聞きする機会の方が多いでしょうし。

そう思っても良いと思います。
だけどこんな疑問も合わせて感じてみてもらえないでしょうか?

どうしてヒグマは森にいられなくなってしまったのだろう?」と。

その疑問が「ヒグマや野生動物、自然の本質を知る」ということなのだと思います。

今回、2度にわたって「歩んできた道を失ったヒグマ。そのヒグマが残した足跡の先には・・・」を綴ってきました。

そして、このテーマを書いている最中も多くのヒグマ報道がありました。
本来人に姿を見せない山の神ヒグマ。
そんな存在のヒグマが、今、姿を見せるようになってきた。
なぜか?
それは、今の北海道で起きている森での異変を伝えてくれているのかもしれない。
ヒグマが住みにくくなった森は、人間にとってポジティブな状況なのだろうか?
答えはNoだと思う。

森のSOSサインをヒグマが意を決して伝えにきているのだとしたら?
我々にできることはなに?
手遅れだったら何もしなくて良いのか?

どんな状況からでも、取り組まなければならないと思う。

ヒグマはこれまで歩んできた道を失った。
そして、ヒグマの足跡は森から人間の住む世界に続いていた。

写真はイメージです

長々とありがとうございました。
拙い文章です。
そして、数ある解釈の中のワンパターンです。
私の考えを押し付けるものではありません。
強いて言うならば、この文章を読んで、「そんな問題もあるのか」「ヒグマかわいそう」「なんかできることないかな?」「美談語るな」なんだって良いのですが、何かしらの感情を抱いてほしいのです。
どうか、よろしくお願いいたします。

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