人間の手で育てた農作物の”美味しさ”と”手軽さ”を知ってしまったのだ

人間の手で育てた農作物の”美味しさ”と”手軽さ”を知ってしまったのだ

vol.1として公開した記事もとても多くの方に読んでいただけました。
ありがとうございます。
vol.1では主に、ヒグマが山や森ではなく、人間の生活圏に侵入して来てしまうわけについて簡単ではありますが書きました。
札幌市南区で発生したヒグマの出没事件。
こういう報道がなされると、こんな声が聞こえてきます。
「ヒグマが住む場所を人間が奪った」
今回も目にしませんでしたか?

もちろん、人間が生活を進めていく中で開拓したのは事実です。
なので、「野生動物の住処を奪った」という論調は、間違っていないと思います。
ただ、「野生動物の住処を奪った」というのは、大小問わないのであれば、今あなたが住んでいる場所にも、今、どれほど高層ビルの中に生きていようと、野生生物の生命は、あなたの足元、あなたの住処の下にありました。
つまり、「人間が生きるということは、自然の犠牲のもとで成り立っている」のです。

私自身もそういった自然生物の犠牲とともに普段生活していると言う自負があります。
だからこそ、「無駄にしたくはない」という意識が強いです。
ただ、「生命を無駄にしたくない」という思いが強すぎてしまうと、身の回りのことを見落としてしまいがちにもなってしまいます。
自分の現状を見つめず、他者の振る舞いに言及するのは、私としては傲慢に感じてしまうこともあります。

さて、話しをもとに戻します。
この記事では、「途絶えた生命で終わらせてはいけない」の続編、「人間の手で育てた農作物の”美味しさ”と”手軽さ”を知ってしまったのだ」と言うことをテーマに綴っていこうと思います。

野生動物はグルメ王!?

自然にある食べ物と人間が口にするためにある食べ物。
何が大きく違うのか?
簡単に言うと「味」つまり「成分」が大きく異なります。
例えば「甘さ」。糖分について見てみましょう。
自然界にある甘いものとなれば、主に”木の実”になり、コクワなどが自生する木の実の中では糖分が強いです。
そういった木の実はヒグマも好むのですがどうしてなのでしょう?
例えば、ナナカマドの実であったり、ドングリだって食べます。しかし、そういったもの中にコクワがあれば、コクワを選んで食べることが多いそうです。

それにはちゃんとした訳があるのです。
人間は、糖分がエネルギー(カロリー)となり、体を動かすために必要な栄養分なのは、学問として学んだことがあると思います。
しかし、野生動物も同じように糖分がエネルギー(カロリー)になるというのを知っているのでしょう。
これは、ヒグマだけではない野生動物全般的に言われるかと思います。『収穫時期のメロンがアライグマに食べられた〜」など。
農家さんと話したことがある人や家庭菜園をしたことがある人なら聞いたことがあったり、体験したことがあるのではないでしょうか?

さて、こんなことも耳にしませんか?
「美味しいから(野生動物に)食べられちゃったんだね」と。

これ、あながち間違えていないんです。
というのも、食痕などから「美味しいところから食べ始める」というのが、結果として見ることができ、”野生動物たちはグルメ(どれだけ栄養が摂れる食べ物か見極める能力が高い)”ということが分かるんです。

栄養価(ここでの栄養はカロリーを指します)が高い食べ物。
自然界にあるのは、基本的に低カロリーです。ほとんどが植物ですから。
あって自然な甘みを持つ木の実とか。
だからヒグマを始め野生動物は、木の実を好む傾向にあります。

人間もそういうものを好んで食べていました。もちろん今も山野草として好む方もいます。
だけど人間は、自然の味では満足できなくなったのです。

禁断の味を知らせないためにも

もちろん「素材の味」と言って、食材本来の味を楽しむ文化もあります。
北海道の夏〜秋にかけては、農作物の収穫時期をどんどん迎えていきます。
例えば、とうもろこし。
20年ほど前のとうもろこしも甘く美味しく感じていましたが、最近のとうもろこしは、別の食べ物と思うようなものもあります。生食でも強い甘みを感じたり、果実と同程度、時には果実を上回るほどの高糖度のとうもろこしもあります。
これも、「より甘さを」という飽くなき探究心の賜物でしょう。
しかしこの高糖度は、自然界にはありません。人間は、自然界には無いものを、涙ぐましい努力の末に生み出したのです。

ここで皆さんに「あっ!」と思って欲しいのです。

先の部分で、「糖分がカロリーに」「カロリーは体を動かすの不可欠」といったことを述べました。
この後、どんなことを書くか想像つきますよね?

自然界にそんな栄養価の高いものがあったのなら。
野生動物たちは群がります。
だって、ご馳走ですもの。そして、「どれくらいの量があるか分からないから、無くなるまで食べよう!」というのが野生動物の心理だと思います。
皆さんもどうですか?

何年も何年も憧れている人が皆さんにいるとします。
そんな憧れの人が目の前に突如現れたら?

普段とは違うからってスルーできます?
無理じゃ無いですか?
私なら無理です!
握手とかできなくても、気になっ見てしまったり、声かけてしまったり、勝手に歓声を上げてしまったり。
これが本能ってものです。
本能というのは、”ふとしたとき”に現れるのです。

そう人間だけではありません。野生動物もそうなのです。

つまり何を言いたいかというと、人間が食べているものは、野生動物からすると、「高い栄養価がある羨ましい食べ物である」ということが推測できるのです。

ならば、野生動物を不用意に人間に近づけないためにはどうしたら良いのか?
「距離を保つ」ということです。
その野生動物との「距離を保つ」ということは、年々意識が薄まっているように…

次は「偶然の出会いかもしれないが、そのヒグマの思考は人間が育てたのかもしれない。」というテーマで綴ります。
野生動物と人間の生活圏は、棲み分けられているように見えるが・・・。

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投稿日: 2019年8月15日makoto_kobayashi

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