牧場にヒグマが現れた。家畜(乳牛・肉牛)を襲う個体も。

牧場にヒグマが現れた。家畜(乳牛・肉牛)を襲う個体も。

北海道各地でヒグマに関連するニュースが報じられていますが、今一番報じられているのはこの事件ではないでしょうか?

放牧中の牛がヒグマに襲われた

今、一番北海道で報じられているこのニュース。
このヒグマの事件は、北海道の東部に位置する標茶町で起きている事件です。
今シーズン、この地区で牛がヒグマに襲われたという報道があったのは2019年7月だったと記憶しています。

私が道東入りしているときにも「牧場付近にヒグマが出ている」なんて話が耳に入っていましたが、そのときはここまで規模が大きくなるものとは思っていませんでした。
が、放牧中の牛がヒグマが何度にもわたり襲った。
一度に複数頭の牛を襲っています。
もちろん「捕食」という意味合いでの襲撃でもあるとは思いますが、一度に複数頭襲っています。
決して食べきれる量ではありません。
何度にも分ければ食べられるでしょうが、毎日同じ場所に現れている用でもないので、餌としての執着はないのかもしれません。
いったいヒグマは何を目的に家畜を襲ったのだろうか?

今回は、標茶のケースをさらっと触れ、別事例も簡単に紹介します。
詳細は次回以降に綴っていきます。

標茶町周辺の森がヒグマの通り道にもなっているような場所

当記事でもとりあげている標茶町というのは、阿寒摩周国立公園(雌阿寒岳など)と釧路湿原に挟まれる位置する。
阿寒・摩周・釧路湿原。
このフレーズからだけでも「自然豊かな場所」と容易に想像つくのではないでしょうか?
まさしくその通りで自然の恩恵を受けての産業が盛んでもあるのです。
さて、この場所ヒグマの通り道にもなっていると道東でヒグマの行動を記録している方から教わりました。
どうして通り道になるのか?
この近辺のヒグマは、阿寒摩周国立公園を主な行動圏としているそうですが、中標津や弟子屈、釧路、厚岸方面にまで行動圏を伸ばすこともあるそうなのです。
これらのまちに阿寒摩周国立公園(雌阿寒岳周辺と仮定)から目指そうとすると、「標茶町」を通過するというケースがとても多いのだそうです。
雌阿寒岳周辺を標高の頂点となり、太平洋沿岸に向けて標高が低くなってきます。

標茶町は、1950年に町制施行から誕生したまち。その前は標茶村でした。
標茶村の前。どんな名前だったと想像できますか?
熊牛村。
「くまうしむら」と読みます。
アイヌ語で「干物作りの棚があるところ」という意味がある”クマ・ウシ”に由来するそうです。
当て字なのでしょうが、熊牛村がなくなってちょうど90年。
この地では、ヒグマが牛をたくさん襲うという事件が発生してしまいました。

ヒグマが牧場に現われるのは?

ヒグマって基本は山・森・林という身を隠しやすい場所を転々としながら移動します。
しかし牧場や原野は、森や林と密接していることもあり姿を見せやすい場所でもあります。
ヒグマは利口です。
山の悪路を歩くのも、ものともしませんが、少しでも整っている道を探し歩きます。
そして牧場などは、急峻な場所には基本的には作られず、山・森・林の切れ目で傾斜のなだらかな場所に作られることが多いです。

山・森・林をたくさん歩いてきたところに、拓けた自然が現れたら。
ヒグマはきっと寄り道することでしょう。
ただ拓けているだけでなく、獣臭(動物の香り)がするのですから・・・。

ヒグマはすぐには来ない。何度もなんども観察しにくる。

これはとある牧場関係者から聞いたお話です。
ある日、ヒグマを牧場の外で見かけたそうです。
従業員の中で「この牧場の近くはヒグマの通り道であるということ」を教わっていたそうでそう驚かなかったそうです。
初めは1週間に1度くらい。
そんなスパンで1か月近く続き、ただ通り過ぎるだけだったそうです。
しかし様子が変わってきたそうです。
週に1度だった痕跡が、週に2、3度に増えたそうです。
ただ牧場の中に入ってくることはなかったと。

その牧場は電柵を張り巡らしていたようなのですが、ヒグマが近寄って来なかったことからなのか、手入れはあまりしていなかったそうです。
しかし、ヒグマが現れるようになって3か月ほど経過し、出現頻度も変化ないことから草刈りなどをし電流が適切に流れるよう手入れをしたそうです。

それから数日。
牧柵を破壊されていたそうです。
しかも電柵が貼られていない場所。
幸い被害は牧柵だけで済んだそうですが、足跡などからも大きな個体であったことが推測できたそうです。

どうして追い切らなかったのか?

捕食目的ではなかったのだろう。
ヒグマにとっての縄張りを荒らされたという怒りからの襲撃ではないか?という見解も有識者の間で出たそうです。

そういう見解が出たのも、以下のようなことからだそうです。

・牧場はヒグマの縄張りという認識
・縄張り内で様子が一気に変わる(電柵が隠れるほどの草を一気に撤去)
・草がなくなったことで対象物がより確認できるようになったこと

その後、「電柵を追加したことを功を奏したのかヒグマが牧柵まで来ることはなかった」と話してくれました。
ただ、「牧柵まで来ることは」です。
電柵のところまでは幾度と来ていたそうです。
それがわかったのは、電柵の何箇所かでヒグマの体毛が残されていたからだそうです。

今回の記事では広く浅く事案を知って欲しかったのでこの辺で。
この記事で伝えたいのは、
・ヒグマは利口
・ヒグマは人間の動きを観察している
・大きな変化があるとヒグマも決断を下す
そんな3点を覚えて追いて欲しいなと。

次回は、もっと詳しく事例を追加しつつ、「ヒグマが家畜を襲うわけ」を紹介したいと思います。

※ご覧いただいた皆様へお願い。
紹介している事例は、あくまでもたくさんあるうちの一つであり全ての事例で当てはまるとは思っていません。
思考の参考となれば幸いです。

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投稿日: 2019年8月30日makoto_kobayashi

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